協力員研究

研究主題

他者を尊重し、責任をもって行動する子どもを育む研究

~日常モラルを生かした学習内容と一人一人が意思決定する学習展開の工夫を通して~

主題設定の理由

今日的な課題 学習指導要領等から

 Society5.0 時代の到来やグローバル化等により急速に社会が変化し、予測が困難な時代になっている。そのような情勢の中で、平成29年度告示の学習指導要領では、「主体的・対話的で深い学び」による資質・能力の育成を図り、「持続可能な社会の創り手」の育成を目指して、「何を学ぶか」だけにとどまらず、「どのように学ぶか」や「何ができるようになるか」が重視されている。さらに、学習指導要領総則2(1)では、「各学校においては、児童の発達の段階を考慮し、言語能力、情報活用能力(情報モラルを含む。)、問題発見・解決能力等の学習の基盤となる資質・能力を育成していくことができるよう、各教科等の特質を生かし、教科等横断的な視点から教育課程の編成を図る」ことが求められている。

 また、2022年6月内閣府発行の「Society5.0の実現に向けた教育・人材育成に関するパッケージ」において、一人一人の多様な幸せ(Well-being)の実現のためのロードマップの1つとして、多様な子どもたちに対してICTも活用し個別最適な学びと協働的な学びを一体的に充実させることが述べられている。

十勝の現状から

 十勝教育研究所が令和6年1月から2月にかけて、十勝管内の教職員へアンケート調査を行った。①リテラシーに関する設問では、「情報を読み取る力や責任をもって発信する力」が最も必要と選ばれた。真偽を確かめる力(ファクトチェック)を育成していくことは、喫緊の課題となるだろう。一方で、②モラルに関する設問では、「ルールやマナーを守る力」が過半数を超える結果となっている。

 また、自由記述欄をAIテキストマイニングで集計すると右図のような結果となった。「活用」のほか、「モラル」「指導」という名詞のポイントが高い。さらに、「正しい」「望ましい」「難しい」という形容詞もあることから、課題意識はあるものの、その解決や実現に難しさを抱えているのではないかと推察される。加えて、「つながる」「感じる」という動詞のポイントも高いことから、他者への意識や関わり方についても必要感があるのではないかと考えられる

 併せて、AI(ChatGPT)で要約すると、以下のようになる。

 ICTの活用は重要だが、一方で教師の指導力や保護者の理解、情報モラルの教育など、課題も多い。子どもたちの視力低下や健康への影響、情報の信頼性や適切な使い方の指導、機器の更新やトラブルへの対応などに不安がある。また、学校間や教師間の活用の差や、家庭でのルールや管理の問題も指摘されている。ICTの活用はバランスが重要であり、情報モラルやモラル教育の重要性も強調されている。ICTの活用に伴う情報モラル教育の変革も考えていかなければならない。

 このような結果から、急速にデジタル化が進み、情報に囲まれている時代に生きる子どもにとって、情報モラルの育成に関する課題や教師がもつ不安も見受けられる結果となった。

今年度の研究の方向性

 これらの状況から、まずは、日頃から情報機器を扱う際には、相手意識をもち、他者と様々に関わりながら、お互いを大切にしていく姿勢や態度が必要だと考える。Society 5.0では、現実の世界とデジタルの世界が融合し、より便利な世の中になることを目指している。デジタルの世界が更に身近になり、生活に密着していくようになるが、人間中心なことに変わりはなく、他者と関わり合いながら生きていくはずであろう。

 しかし、デジタル世界では、相手の顔が見えづらく、一見何をしても、何を言ってもよいかのような感覚になる子どもも多いだろう。実際には画面の向こうには人がいて、発せられた画像や文字の情報を受け取っている。現実の世界と同じように、他者の存在を意識し、他者の気持ちも大切にする必要があると考える。また、その行動に対する責任も存在する。いかに情報を整理、分析し、自分なりの判断をして行動をしたりその責任を果たしたりするかについて、考えていく必要があるだろう。

 以上のことから、他者を尊重し、責任をもって行動する子どもを育むことを目指し、実践的な研究を進めたいと考え、本主題を設定する。

研究の仮説と内容、構造図

研究主題

他者を尊重し、責任をもって行動する子どもを育む研究
~日常モラルを生かした学習内容と一人一人が意思決定する学習展開の工夫を通して~

研究の仮説

 特別活動において、子どもの日常から自分事として考えることができる情報活用に関する学習内容と行動の選択肢の議論から自己の前向きな行動を追求する学習展開の工夫を通して、他者を尊重し、責任をもって行動する子どもが育まれるであろう。

研究計画

第1年次(令和6年度)第2年次(令和7年度)
① 理論研究
② 子どもの実態把握
③ 日常モラルを生かした学習内容の工夫
④ 一人一人が意思決定する学習展開の工夫
⑤ 協力員による授業実践
⑥ 1年次の検証のまとめ
⑦ 2年次に向けた仮説、研究内容、研究計画、検証計画の修正
① 理論研究
② 子どもの実態把握
③ 研究内容の検討
④ 協力員による授業実践
⑤ 2年次の検証のまとめ
⑥ 2年間の研究の成果

検証計画

検証内容

  1. 日常モラルを生かした学習内容の工夫により、他者を尊重しようとすることができていたか。
  2. 一人一人が意思決定する学習展開の工夫により、自分事として問題を捉え、責任をもって行動をしようとすることができていたか。

検証方法

  1. ノートや端末などへの記述の見取り
  2. 授業前後の子ども・授業者へのアンケート調査・インタビュー調査の分析(全体・抽出)
  3. 授業に参加する姿からの見取り

研究の推進

 十勝教育研究所と研究協力校との共同研究とし、研究協力員の実践を通して検証する。

研究の組織

担当所員

 籾山 修斗 ・ 白澤 大輔

研究協力

 新得町立新得小学校 西嶋 健悟 教諭

 音更町立共栄中学校 青木 大地 教諭

研究推進計画

研究の推進内容諸会議
・研究主題、研究計画等の作成十勝教育研究所業務計画会議
・研究の視点、方向性の確認十勝教育研究所運営委員会
・研究協力員の委嘱及び研究の概要説明
・理論研究
・子どもたちの実態把握
第1回協力員会議(6/4)
十勝教育研究所調査委員会
第2回協力員会議(6/20)
・研究実践計画と検証実践計画の策定
・授業実践における検証方法の検討
・授業実践1の内容検討・実践(7/23)
十勝教育研究所モニター会議
第3回協力員会議(7/9)
第4回協力員会議(7/23)
・授業実践2の内容検討第5回協力員会議(8/22)
・授業実践2の実施(9/10)
・子どもたちの変容の分析、授業実践の分析
・協力校での継続的な実践
第6回協力員会議(9/5)
第7回協力員会議(9/10)
第8回協力員会議(9/17)
10・授業実践3の内容検討
・実践(10/3)
・授業実践4の内容検討・実践(10/17)
第9回協力員会議(10/3)
第10回協力員会議(10/10)
第11回協力員会議(10/17)
11・協力員研究中間報告(広報誌)十勝教育研究所モニター会議
12・1年次の検証
・研究紀要原稿の検討
・研究発表大会用パワーポイント作成
・研究発表大会打合せ、リハーサル
・研究のまとめ
 
・研究発表大会(2/6)
・研究紀要の刊行
十勝教育研究所研究発表大会

研究の視点と内容

研究の視点

本研究における「他者を尊重し、責任をもって行動する子ども」

 本研究では、目指す子ども像を、「他者を尊重し、責任をもって行動する子ども」とする。

 「他者を尊重し」とは、「多様な他者を理解し、相手の意見を聴き自分の考えを正確に伝えることができる」ことである。平成23年中央教育審議会の答申「今後の学校におけるキャリア教育・職業教育のあり方について」では、キャリア教育において育成すべき力「基礎的・汎用的能力」として、「人間関係形成・社会形成能力」「自己理解・自己管理能力」、「課題対応能力」、「キャリアプランニング能力」の4つの能力が示されている。

 特に、「人間関係形成」は、特別活動において育成を目指す資質・能力の3つの視点のうちの1つとされており、子ども一人一人が互いを尊重し、よさや可能性を発揮し、生かし、伸ばし合うなど、よりよく成長し合えるような集団活動としていくことが求められている。これらは、生徒指導提要の内容とも合致する。

 「責任をもって行動する」は、2019年にOECDから発表された「ラーニングコンパス(学びの羅針盤)」の中心的な概念である「エージェンシー」と重なる。「エージェンシー」は、「変革を起こすために目標を設定し、振り返りながら責任ある行動をとる能力」と述べられている。変化が激しく予測が困難な状況を乗り越えていくためには、「結果の予測をする力(目標設定)」や「目標実現に向けた計画立案する力」「自分が使える能力や機会を評価・振り返り、自身のモニタリングをする力」「逆境の克服する力」などの多様な力が必要とされると述べられている。

 また、子ども自らの目標設定やその実現には、自分たちの欲求の実現にとどまらず、自分たちが所属する社会に責任を負うことが求められており、自らの目標や実現のための行動が、社会にどう受け止められるのかを考えたり、振り返ったりする能力も重要視されている。

 さらに、教育基本法第2条第3号では、「正義と責任、男女の平等、自他の敬愛と協力を重んずるとともに、公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うこと」という教育の根本に関わる記述がある。これは、「エージェンシー」の理念に重なるものであると文部科学省が見解(OECDの「教育とスキルの未来2030プロジェクト」の途中経過を示したポジションペーパーの日本語版)を示しており、日本の教育は既にこれを含んで行われてきていると考えられる。

 これらのことから、「責任をもって行動する」ことは、自らを律し、自己を振り返る能力を身に付け、その後のよりよい行動を考えることができる力ということができるだろう。 そこで、本研究では、「他者を尊重し、責任をもって行動する子ども」を次のように考える

・多様な他者を理解し、相手の意見を聴き、自分の考えを正確に伝えることができる子ども
自らを律し、自己を振り返る能力を身に付け、その後のよりよい行動を考えることができる子ども


情報活用能力

 学習指導要領にある「情報活用能力」は、情報及び情報手段を主体的に選択し、活用していくための個人の基礎的資質であり、文部科学省では、右図のように3観点8要素に整理している。この3つの観点が相互に関連し、連携して発揮されるべき力とされている。

 これらの能力を身に付けることで、将来、様々な情報を活用して、自分の考えを形成したりほかの人と協力して新しい価値を生み出したりすることができるようになると述べられている。

 そのためには、細分化された8つの要素を、情報を使う際の具体的なスキルや考え方として捉え、授業を展開し、子どもたちが身に付ける必要があると考える。

情報モラル教育

 この情報活用能力の3観点8要素にまたがって含まれているのが、情報モラルである。学習指導要領では、「情報活用能力(情報モラルを含む)」は、言語能力と同様に、「学習の基盤となる資質・能力」とされている。中でも情報モラルは、下図のように「情報社会で適正な活動を行うための基になる考え方と態度」と定義され、各教科等や生徒指導との連携を図りながら実施することが重要とされている。

 特に、情報活用能力の8要素における「情報や情報技術の役割や影響の理解」が重要になってくると考えられる。

 一方で、指導に関しては、2ページで提示したとおり、多くの先生方が困り感を抱えており、「継続的、日常的に指導することの必要性」「子どもの実態が分からない」「詳しくないので指導しづらい」なども挙げられている。

 これらのことから、事前アンケートから子どもの実態を把握した上で、情報の活用場面を具体的に想起し対応を考える活動を通じて、情報モラルの「他人への影響を考える」「自他の権利を尊重する」「行動への責任をもつ」などについて考えることで、本研究主題である「他者を尊重し、責任をもって行動する子ども」の育成につながると考えた。

研究の内容

 本研究では、他者を尊重し、責任をもって行動する子どもを育むための具体的な内容として、日常モラルを生かした学習内容の工夫(研究内容1)と、一人一人が意思決定する学習展開の工夫(研究内容2)の2つを行うこととする。

1 日常モラルを生かした学習内容の工夫

⑴ 事前アンケートの活用

 令和2年6月文部科学省から出された「教育の情報化に関する手引き―追補版―」(以下、手引き)では、「児童生徒の情報活用能力がどの程度育成されているか、本体系表例を実態把握に活用するとともに、各学校・学年の実態に応じた育成及び指導の改善・充実を行う目安としても活用するという一連の流れが重要である」と述べられている。子どもたちのデジタル機器を使う頻度が高まっている中、どれだけの時間やどのような場面で使っているのか、そこにどのような傾向があるのかなどについて、しっかり押さえた上で授業づくりを行うべきだろう。

 そこで、事前アンケートを実施し、子どもたちのデジタル機器の状況の傾向をつかむ。これにより、どのような問題場面に出合わせるかを検討し、より「自分事」として考えやすい環境を整えることで、「他者を尊重し、責任をもって行動する子ども」を育成することができると考えた。

 また、文部科学省委託事業「次世代の教育情報化推進事業『情報教育の推進等に関する調査研究』による情報活用能力の体系表例」(下表 一部を抜粋)を活用し、子どもの情報活用能力がどの程度育成されているかを見極めることも考えられる。

⑵ 情報技術の仕組みの理解

 手引きによると、情報モラルは、「日常モラル+情報技術の仕組みの理解」とされている。情報モラルを発揮した上で情報技術の仕組みを理解することができれば、もし具体的なトラブル場面に遭遇したときにも、落ち着いて状況を整理し、その後のよりよい行動へつなげられるようになるだろう。

 そこで、授業の中で具体的な問題場面に出合った際に、どのような特性によって、その問題 が発生しているのかを冷静に見極める場面を設定する。インターネット上のコミュニケーションも日常生活と同様に、画面の向こう側に人がいることを意識させることが重要であると考える。顔が見えない分、日常生活以上に勘違いが起こる可能性は高く、注意すべき点があるということについて理解を深めることが必要であろう。個々にもっている日常モラルを活用して、問題場面について「自分事」として考えるこが、「他者を尊重する」子どもにつながる工夫である。

一人一人が意思決定する学習展開の工夫

⑴ 行動の選択肢の議論

 「行動の選択肢の議論」とは、デジタル上の問題の解消のため、実現可能な行動の選択肢を考え、議論をすることを指している。ここでいう議論は、討論とは異なり、自分の意見を表明したり、相手の意見を聴いたりすることで、改めて自分の考えを形成していく活動を指すこととする。結論を出すための作業ではなく、様々な立場や考え方に触れることで、多様性を認め、「他者を尊重する」子どもを育むことができるのではないかと考える。

 また、行動の選択肢について、子どもがメリット・デメリットを考える活動をとおして、異なる意見を受け入れたり、更に別の解決方法を見いだしたりすることが、その後の展開における意思決定に生きるだろう。その際には、決して、結論を1つにするような方法は取らないように留意することが大切である。 さらに、議論の際にはICTを効果的に活用していくことで、思考を整理したり、即時的に意見を共有したりすることができるだろう。

⑵ 前向きな対処法の追求

 授業の終末場面において、具体的な場面で自分だったらどのような行動をしたいか、最終の考えを記述してまとめる活動を設定する。

 この活動では、特に、前向きな対処法を考えることを重視する。「危険だから使わない、全く触れない」という思考ではなく、「身の回りにあふれている情報や情報機器をよりよく活用をしていく」という考え方をもち、「正しく理解して、もっと便利に、もっと楽しく、幸せな社会生活ができるように活用する力をつけよう」というウェルビーイングにつながるポジティブな学びをすることで、「責任をもって行動する」スキルを獲得するようになるであろう。そうすることで、いざ問題場面に遭遇したとしても、冷静に判断し、行動することができる子どもになるのではないだろうか。

 このように、行動の選択肢を議論した上で、前向きな対処法を追求することを通して、他者の考え方に触れ、情報技術への理解を深めながら、自己の行動について考えることが、「他者を尊重し、責任をもって行動する子ども」の育成につながると考える。