
マミー助産院 助産師 渡辺 雅美 さん
上士幌町で助産師として働く渡辺雅美さん。高校2年生のときに養護教諭と行った進路相談をきっかけに、「看護職の中でも、専門的に母子のケアに当たる仕事がしたい」という志を抱き、助産師としての道を歩み出しました。2021年8月には上士幌町内で「マミー助産院」を開業し、出産に向けた体づくりや産後の育児相談、訪問サポートといった産後ケア事業に取り組んでいる。また、十勝管内の認定こども園や小・中学校、高等学校で「生命(いのち)の安全教育」や性教育講話なども行っている。
今回は、渡辺さんが仕事をする上で大切にされていることや、教育現場に期待することなどについてお話を伺った。

お母さんと赤ちゃんには、自ら乗り越えていく力が必ずあります。
私の役割は、常に寄り添い、伴走することです。
――仕事をする上でどのようなことを大切にされていますか。
コロナ禍では、人との絆が希薄になり、病院の受診制限などで産前産後の相談が対面でしづらくなりました。その結果、心身ともに孤立してしまうお母さんたちがいるという話を多く伺ったのです。2020年当時、上士幌町内に助産院はなかったので、「地域のお母さんたちともっと密に関わることができる産前産後ケアがしたい」という思いから開業を決意しました。地域の中でお母さんたちのケアに携わっていると、その関わりが“点”ではなく、“線”になっていく感覚があります。前回の相談内容を実際に試してみてどうだったか、うまくいかなかったらまた一緒に方法を考え、うまくいったときには赤ちゃんの成長を共に喜ぶ。そのような機会に恵まれています。
総合病院で働いていた頃は、お母さんからお話を伺う時間はどうしても限られていました。しかし、ずっと地域にいると、お母さんが大切にしたいことや赤ちゃんの成長の様子などを踏まえ、あらゆる角度から一緒に考えることができます。お母さんたちにとっても「上士幌町には助産院があるから大丈夫」という安心感につながっていると感じます。さらに、1人目のお子さんから2人目、3人目と関わりが続くと、「前回もお世話になったので」と妊娠や出産のご報告をいただくこともあります。新たな生命(いのち)が生まれ、ご家族が増えていく喜びに助産師として寄り添えることは大きなやりがいです。こうしてお母さんや赤ちゃんと伴走させてもらえることを、とても幸せに感じています。

「あなたはかけがえのない大切な存在だ」と本気で思ってくれる大人が1人でもいれば、子どもはその言葉を支えに生きていけるでしょう。
――「生命(いのち)の安全教育」や性教育講話を通して、子どもたちと関わる中で感じていることはありますか。
文部科学省が2021年から全国の学校で推進している「生命(いのち)の安全教育」は、子どもたちが性暴力の加害者・被害者・傍観者のいずれにもならないための、大変重要な教育プログラムだと捉えています。インターネットやSNSの普及により、子どもたちが性被害に巻き込まれる危険性は年々高まっています。
もちろん性被害に遭わないことは大前提ですが、それ以上に、子どもたち自身が「私は本当に大切な存在なのだ」という感覚をどれほどもてているかが重要だと感じています。予期せぬ妊娠やパートナーとの意見の食い違いなど、性のトラブルに直面したとき、「私は大切にされるべき人間だ。私が私を守るのだ」と思える確かな軸をもつこと。これを強く伝えたいです。
反対に、自分のことを「どうでもいい」と思っていたら、自分を守りたいとは思いにくいですし、ましてや他者を守りたいとも思えないでしょう。本来は家庭で「あなたは大切だよ。生まれてきてくれてありがとう」と日々伝えられていることが望ましいですが、子どもたちが育つ環境は一人一人異なります。
だからこそ、私が子どもたちと関わる中で伝えているのは、「ここに来てくれてありがとう。出会えてうれしいよ。あなたは特別な存在なのだ」ということです。自分のことを本気で「大切だ」と思ってくれる大人が1人でもいてくれたら、子どもたちはそれを支えに生きていけるだろうと信じています。幼い頃から「あなたは大切だ」というメッセージを受け取っていれば、いざというときに自分で危険を回避したり、「困っているよ」「助けて」と信頼できる大人に相談したりする力も身に付くはずです。「生命(いのち)の安全教育」を通して、子どもたち自身の「そもそも私って、ここにいても良い存在なのだ」という自己肯定感が高まることを目指しています。
今の子どもたちは、本当に大変な時代に生きていると感じます。私が子どもだった頃よりも情報量がはるかに多く、SNSによって気持ちが左右されたり、誤った情報に振り回されたりすることもあります。もちろん正しい使い方をすれば有益ですが、家に帰ってもなお誰かとのつながりを気にしなければいけない状況は、気持ちが休まらないでしょう。さらにコロナ禍も重なり、人と直接対話をしたり、新たな人間関係を築いたりすることへのハードルも高くなっているのではないでしょうか。講話をしていても、子どもたちと良い距離感で話すことができるときもあれば、遠くからこちらを眺められているように感じるときもあります。「誰かと常につながっていないと不安」「周りの評価が全て」といった感覚が強いのかもしれませんが、「いろいろな感情や、良いところもそうでないところもあるけれど、それも含めて私なのだ」「私は私のままで大丈夫」という、自分の中から湧き出る気持ちこそ大切にしてほしいと願っています。

――「生命(いのち)の安全教育」や性教育講話を通して、子どもたちに伝えたいことは何ですか。
子どもたちには「信頼できる大人は、あなたの周りに必ずいるよ」と伝えたいです。子どもたちは常に「この大人は信頼できるかな?」と見ています。ただ、子どもたち自身が勇気を出して一歩踏み出し、実際に出会わなければ、その存在を実感することは難しいかもしれません。どうか、安心して頼れる大人にたくさん出会ってほしいと願っています。

――今後の夢、やりたいことは何ですか。
現代社会は、正しい情報もそうではない情報もあふれており、子どもたちが偏った情報に触れてしまう懸念は尽きません。思春期の子どもたちへの性教育は、今後ますます大切になるでしょう。それに加えて、「あなたは大切だ」というメッセージを、保育所や幼稚園、こども園に通う就学前の子どもたちにも伝えていきたいです。小学校低学年の子どもたちは、本当に目をキラキラ輝かせながら話を聞いてくれます。「えっ?私って大切なの?」という気付きが、とても素直に感情に表れる年齢なのだと実感しています。
自分のことを「私は大切だ」と根本から思うことができなければ、性感染症から自分の身を守ろうとは思いにくいですし、正しい避妊方法を知っていてもそれを選ばなかったという子どもたちのケアをした経験があります。やはり、年齢が低いほど「あなたはすてきだよ、すばらしいよ、大切だよ」という言葉はまっすぐに届くのだと思います。これからもマミー助産院を拠点として、「私は大切だ」と感じてもらえるような性教育に、継続して取り組んでいきたいです。

「十勝の子どもたちが安心して伸び伸びと成長できる環境づくり」を、連携の合い言葉にしてみませんか。
――教育現場に対してどのようなことを感じていますか。
十勝の子どもたちは、すばらしい自然の中で育っていると実感しています。私は岡山県から一家で移住してきたので特にそう感じるのですが、この自然豊かな環境や十勝ならではの食文化は、子育てをする上で本当に大きな魅力です。当たり前すぎて気付きにくいかもしれませんが、そのような環境で暮らすことができるのはすばらしいことであり、子どもたちにはこれからも伸び伸びと大きく育ってほしいですね。
今、学校の先生方は本当に大変な状況にいらっしゃると思います。日々の指導はもちろん、ご家庭の在り方も多様化し、子どもたちとの距離感も難しい時代です。性教育講話などを通して十勝管内の先生方とお話しする中で、先生方がいかに教育や子どもたちのことを熱心に考えていらっしゃるかを感じています。私自身も2児の母として、先生方には心から感謝しています。
――最後に、先生方へのメッセージをお願いします。
日頃から子どもたちのためにご尽力くださり、心より感謝申し上げます。これからも、十勝管内の先生方と「生命(いのち)の安全教育」や性教育講話などを通して、外部講師という形でつながっていきたいです。
先生方が「少し話しにくいな」「どこからアプローチしていけばよいのだろう」と悩んでいることに寄り添い、一緒に解決策を探していきたいです。その上で、私が助産師という立場から性の大切さについて伝えることで、子どもたちにもまた新たな気付きが生まれるのではないでしょうか。
また、私に限らず、十勝管内には性教育を推進している講師がたくさんいます。学校と外部講師が連携することで、子どもたちが安心して成長できる教育環境を一緒につくっていきたいと考えています。これからも是非、気軽に声を掛けてくださるとうれしいです。

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