
はじめに
社会構造の変化やテクノロジーの発展を背景として人々の抱える困難や課題が多様化・複雑化する「VUCAの時代」と呼ばれる現代においては、一人一人のウェルビーイングの確保と向上が求められており、現在も様々な分野で研究が進んでいます。
そのような中にあって、教育現場の在り方もまた大きく見直されつつあります。特にウェルビーイングと直接結び付く「子どもの学び方」や「教職員の働き方」については急速に関心が高まっている一方で、その実践や検証についてはいまだ道半ばであるのが現状です。
今回の特集では、ウェルビーイングが学校現場にもたらす影響と、その推進に向けた具体的な取組を紹介します。
そもそも「ウェルビーイング」とは何か?


「ウェルビーイング(Well-being)」という言葉の歴史は意外にも長く、古くは1947年のWHO憲章の前文において採用された記録があります。教育界においては2019年にOECDが提唱した「Learning Compass 2030」での紹介をきっかけとして注目度が高まり、日本でも文部科学省の第4期教育振興基本計画(令和5年度~令和9年度)において「日本社会に根差したウェルビーイングの向上」を大きな目標として掲げています。また、同計画における関連施策として「個別最適な学びと協働的な学びの一体的充実」「教育DX・ICT環境の整備」「環境整備・教育力の向上」など多くの分野との関わりを挙げており、現代日本の教育現場においては多角的・持続的なウェルビーイング向上が求められているところです。
では、ウェルビーイングの向上にはどのような意義があるのでしょう。
ウェルビーイングの教育的意義

左図は、OECDが提唱する「Learning Compass 2030」のものです。
AARサイクルによってコンパスが回る様子と併せて、周囲の人の吹き出し内には「エージェンシー」(Agency)という言葉が複数見られます。
文部科学省初等中等教育制度改革室室長の白井俊氏によると、エージェンシーは「変化を起こすために自分で目標を設定し、振り返り、責任をもって行動する能力」とされています。いわゆる「主体性」に近い概念ですが、それがより具体的に示されたものと考えられます。ウェルビーイングとエージェンシーは密接に関連しているとされており、この図ではウェルビーイングの向上によって子どもや教職員のエージェンシーが高まる様子が描かれています。
また2025年5月には、OECDから「Learning Compass」の教師版として「Teaching Compass」も発表され、注目を集めています。教師側の持続可能性や専門性について示され、コンパスを構成する大きな3つの要素として「教師のウェルビーイング」「教師のエージェンシー」「教師のコンピテンシー」が明記されています。子どものみならず、その相似形である教職員の視点からも学校現場の在り方を見直す必要性が、改めて世界的に求められている状況にあることがうかがえます。

子どもと教職員の主観的幸福感や
自己肯定感、協働性など
(≒ウェルビーイング)を高める
ことを通して、
子どもと教職員の主体性や責任感
(≒エージェンシー)の向上を目指す
ことが求められています。

「個」のウェルビーイングから「場」のウェルビーイングへ
では、いかにして学校現場のウェルビーイングを高めていくのかについて考えてみましょう。
中央教育審議会委員の内田由紀子氏は、「次期教育振興基本計画ポイント解説」の中で「場」のウェルビーイングという考え方を提唱しています。これは、子どもや教師という「個」のウェルビーイングのみならず、学校・地域・社会という「場」のウェルビーイングについても合わせて考えることが必要であるという考え方です。
互いの信頼感や安心感がウェルビーイング・エージェンシーの向上につながるという考えに立つと、学習指導や生徒指導を個別・単発的に捉えるのではなく、「教室」あるいは「学校」という場所全体の包括的なウェルビーイングについて考えることが必要といえるでしょう。
「場」の考え方は「時を守り 場を清め 礼を正す」という言葉にもある通り、基本的な生活習慣として古くから大切にされているところですが、OECDの提言ではこれをBelonging(帰属)と位置付け、改めて注目しています。

以上を踏まえ、今回の特集ではウェルビーイングという大きな概念を「場」(学校・教室・職員室…など)という視点から捉え、子どもと教職員の持続的な幸福や主体的な取組を目指す「場」づくりについて考えていきます。
現状とポイント
さて、世界的・全国的に注目度が高まる「ウェルビーイング」ですが、十勝管内の現状はどうでしょうか。
十勝教育局が掲げる管内教育推進の重点では、テーマを「誰もが自分らしく輝き続ける十勝教育の推進~ウェルビーイングの向上を目指して~」と設定し、「子どもたち一人一人の可能性を引き出す教育の推進」や「学びの機会を保障し質を高める環境の確立」、「地域と歩む持続可能な教育の実現」を通してウェルビーイングの向上を目指す方針を示しています。
また管内各校の令和7年度校内研究主題に頻出する言葉を抜き出してみたところ、以下のような結果となりました。
今年度の十勝管内各校の研究主題においては「ウェルビーイング」を扱う学校が複数見られたほか、令和6年度に多くの学校で見られた「主体性」や関連ワード(自ら進んで・自分で・自律…等)については、全体の70%に及ぶ学校で研究主題に含まれています。
以上の結果から、ウェルビーイングや主体性(≒エージェンシー)向上は、十勝として関心が高い・あるいは高まりつつある分野であることがうかがえます。

さらに、「令和6年度全国学力・学習状況調査」における児童生徒質問調査の結果からは、十勝全体として以下のような傾向が見られました。
・将来の夢や目標をもっていると回答した割合は、全国と比べて高い。
・友達関係に満足していると回答した割合は、他の項目に比べて高い。
・困りごとや不安がある時に、先生や学校にいる大人に相談できると回答した割合は、全国と比べて低い。
・自分と違う意見について考えるのは楽しいと回答した割合は、他の項目に比べて低い。
十勝のみならず各種資料等においても、多角的・多面的な視野に立ち学校現場を俯瞰することが求められており、様々なアプローチからウェルビーイングの向上を目指すことが必要とされています。


これらを網羅した上で子どもと教職員のウェルビーイングが高まることが理想ではありますが、現実的にはそれら全てを実現することはとても難しく、一挙に突き詰めようとすると業務量の増加や精神的な疲労によって教職員のウェルビーイングが損なわれるかもしれません。
よって今回はこれらを整理・統合した上で、先述した「場のウェルビーイング」の考え方も内包した「子どもの学びやすさ」「教職員の働きやすさ」として十勝管内の実践例を紹介することで、持続可能な教育現場のウェルビーイングを考えます。

実践紹介
ここからは「十勝の実践紹介」として、学校における「子どもの学びやすさ」「教職員の働きやすさ」につながる取組を見てみましょう。





おわりに
今回の特集では、「教育現場のウェルビーイング」としてその意義や実践例を紹介しました。
「言うは易し、行うは難し」ですが、本特集が子どもの学びやすさ・教職員の働きやすさについて改めて考えるきっかけとなり、主体性向上や学びを支える基盤づくりの一助となれば幸いです。