教育現場への期待(353号)

和光 憂人(わこう ゆうと)

株式会社オカモトのレジデンスアーティスト/ヴァイオリニスト / とかちKidsオーケストラ代表

 十勝を拠点に活躍するヴァイオリニスト、和光憂人さん。国内外のコンクールで高い評価を受けながら、現在は十勝を拠点に全国的な演奏活動や子どもたちへの音楽指導、地域イベントなど、幅広く活躍する。「音楽をもっと身近に感じてほしい」という思いを胸に、今日も十勝の様々な場所で、美しいヴァイオリンを奏でている。

 今回は、和光さんが仕事をする上で大切にされていることや、教育現場に期待することなどについてお話を伺った。

【軽井沢大賀ホールで紡ぐ、和光さんの美しい音色】

ヴァイオリンを始めたきっかけは

~母が描いていた未来図から~

 母はバレエの講師をしていたのですが、「もし男の子ならヴァイオリンを、女の子ならバレエを」というのが、母が描いていた家族の未来図だったみたいです。だから僕は、生まれる前からヴァイオリンという運命を授かっていました。もともと体育会系だった両親の下で育ちましたが、僕自身が足を踏み入れたのは音楽という、静かでとても美しい世界でした。
 僕の故郷、長野県松本市は世界的なスズキ・メソード(環境と繰り返しによって、どんな子も音楽を母国語のように身に付ける教育法)の聖地なのです。そんな音楽の街の空気が、僕の感性の土壌をじっくりと耕してくれたのだと思います。両親は音楽の素養があったわけではありません。それでも、ヴァイオリンの美しい音色に、僕は強く引き付けられました。そして、それは単なるお稽古事の枠を超えて、僕の人生に寄り添い、共に歩んでくれる伴走者のような存在へと変わっていきました。

【長野県小諸文化会館で輝く、和光さんのステージ】

十勝で活動し続ける理由とは

~まだヴァイオリンを知らない人たちへ~

 音楽の都ウィーンの地に立ったとき、音楽が当たり前のように日常に溶け込んでいる街の豊かさに、大きな衝撃を受けました。でも、僕が活動の拠点に選んだのは、世界的な音楽の都ではなく、この十勝でした。
 「まだヴァイオリンを知らない人たちへ、その魅力を届けたい」 そんな思いが、今の僕の原動力になっています。十勝には、まだヴァイオリンの音色に触れたことのない人たちがたくさんいます。それこそが、僕がこの土地で演奏し続ける理由なのです。
 今は演奏家としてだけでなく、プロデューサー、そして教育者としても十勝を耕しています。Kidsオーケストラを率いて、子どもたちに自立した表現を求めているのは、20年、30年先を見据えているからです。
 僕の夢は、音楽で食べていける十勝にすること。そして、「音楽といえば十勝だよね」と言われるような街にすることです。

【本番直前の様子。子どもたちを励まし、緊張をエネルギーに変えている】

本番に向けて大事にしていることは

~緊張を乗り越える必要はない、むしろ味わおう~

 本番前、緊張を感じることがありますが、僕はそれを「最高の瞬間」だと思っています。緊張は、アドレナリンが出て自分が一歩成長できるためのサイン。積み上げてきた周到な準備があれば、緊張は不安ではなく、自分を押し上げるプラスの力に変わります。このマインドセットを、子どもたちにも習慣にしてほしいのです。大事なのは、結果だけじゃなく、本番までにどれだけ成長したかというプロセスを徹底的に褒めて、価値付けること。苦手なことを克服するのも大事かもしれないけれど、それ以上に好きなことを毎日続ける大切さを伝えることで、自信をもってほしいと思っています。
 余談ですが、僕はコンサートなどの本番1時間前に必ずバナナを食べます。しっかり糖分を取って、体にエネルギーをチャージするのです。自分なりのルーティンをつくって、自分を安心させるのも大切だと思います。最後はやっぱり気持ちです。とにかく自分にプラスの言葉を掛け続けてあげて、マイナスなことは一切考えない。そうやって自分を信じ切ることが、最高のパフォーマンスを引き出す一番の秘けつではないでしょうか。

【とかちKidsオーケストラによる、心と心が音色でつながる瞬間】

仕事をしていてやりがいを感じるときは

~子どもたちの可能性は無限大、本当にすごいと思います~

 まず、僕はこの仕事に対して「好き」という気持ちが根底にあります。それでも、普段の生活では、何百時間もの孤独な練習や、自分の理想に届かない葛藤、コンサートの集客への悩みを感じており、演奏家としての道は常に苦難と隣り合わせです。しかし、ヴァイオリンを演奏していて、その音色が美しく響いた際にお客さんが喜んでくれたり、涙を流して聴いてくれたりする反応を目の当たりにすると、全てが喜びに変わります。 時代を超え、世代を超えて心が通じ合った瞬間こそが、演奏家としての醍醐味です。
 また、僕は指導者として、子どもたちの可能性は「無限大」であると信じています。 どんな無茶振りをしても必ず応えてくれるのです。それが本当にすごいと思います。そして、 とかちKidsオーケストラでは、あえて指揮者をおいていません。子どもたち同士が耳を澄ませて会話するように音を創り上げていくことを目指しているからです。彼らの能力を引き出し、想像を超えた成長を一緒に実現できたときに、何にも代えがたい手応えを感じます。

【音楽が人と人をつないだ瞬間にやりがいを感じると話す和光さん】

和光さんが教育現場に伝えたい想いとは

~音楽があふれる十勝を、本気で創る

 おかげさまで全国ツアーやCD完売という一つの形を実現できたので、すぐにでも第2弾に挑戦したいと思っています。でも、僕の目指す場所はもっと先の未来にあります。

 今後はとかちKidsオーケストラを50人規模に拡大し、さらには弦楽器だけでなく、あらゆる楽器が響き合うプロのオーケストラをこの十勝で結成したいと思っています。20年後、30年後になってもいいので、音楽で食べていける仕組みを整え、十勝を音楽があふれる街にしたいです。そしてゆくゆくは、この地に根ざして活動するレジデンスアーティストを募集し、育てていきたいと考えています。
 音楽は本当に尊いものです。音そのものは一瞬で消えてしまいますが、聴いた人の心には一生残り、その人生を支える力になります。そんな豊かさが当たり前にある十勝を、本気で創っていきたいと思っています。

~子どもの長所を伸ばすことが、その子の未来を創る~
 子どもたちと本気で向き合うのは、本当に大変で苦労の多い仕事だと思います。一人の人生を変えてしまうかもしれないという大きな責任を、僕もいつも感じています。だからこそ、先生方には本物を仕掛けてみてほしいです。音楽でもスポーツでも、先生自身の強みを全力でぶつけてみたり、身近な自然に多く触れさせたり体験活動を多く取り入れることで、是非子どもの好奇心を喚起してほしいと思います。
 子どもたちは一人一人違います。大好きなことを1つ見付け、毎日続ける大切さを伝えてあげてほしいです。誰もがもっている苦手なことに目を向けるより、その子どもがもつ長所をどこまでも伸ばしてあげる。それが、子どもたちの未来を創る教育になるのではないかと、僕は信じています。

【ステージまで観客があふれた、熱気に満ちたヴァイオリンリサイタル】

教室でできる、感性を磨くためのアイディアを教えてください!
~日常の中にある音に耳を澄ませ、感性を育てる
 授業の冒頭、目を閉じて「窓の外から聞こえる秋の音」や「校舎の隙間を抜ける風の音」を探す時間を設ける取組はどうでしょう。実際に、外に出て自然の音を感じるのもいいかもしれません。十勝には、夏だけの音、冬だけの音があります。鳥の声や風の音に耳を澄ませるだけで、五感が鍛えられます。当たり前の中に隠れている刺激や感動を、五感全部で受け止めてみてください。僕は、小さいとき、落ちている木の実を食べたり、花の蜜を吸ったりしていました。今の子どもたちに是非、実物に触れる機会を作ってあげてほしいです。そこに刺激や感動があると僕は考えています。例えば、「今、聞こえた音を言葉にしてみよう」と問いかけるだけで十分かもしれません。正解はなくて、「カサカサ」でも「寂しい音」でも、それぞれの耳が捉えた感覚が大切です。その感覚こそが、楽譜の向こう側にある感情や、仲間の音色の変化を鋭敏に捉える、音楽的な耳を養うことにつながるのではないでしょうか。
~音で対話する、究極のコミュニケーション~
 音楽の授業で、あえて指揮者や伴奏なしで合わせてみてください。楽譜や先生の指示ばかり見るのではなくて、隣の友達がどんな息遣いをしているか、どんな気配で音を出そうとしているかを感じ取る練習です。誰かに合わせてもらうのではなくて、お互いに聴き合って空気を読む。これは、とても難しいことですが、究極のコミュニケーションだと思います。 そんな活動を取り入れることで、 楽譜や指示に従うだけでなく、仲間の音を聴き、自分の音をどう重ねるかを主体的に判断する力を育てることができるかもしれません。
~本物に触れる体験が、子どもたちの好奇心を育てる~
 僕がよく言うのは、画面越しではなくて、五感全てで本物に触れる体験をしてほしい、ということです。でも、プロを呼ぶのが難しいときだってありますよね。そんなときは、先生の特技が最高の実践になります。スポーツでも、料理でも、もちろん音楽でもいいと思います。先生が何かに没頭して、自分の長所を突き詰めている姿を子どもに見せる。その本気の熱量こそが、子どもの好奇心に火をつける一番の刺激になるのではないでしょうか。
 さらに、学校の外に目を向ければ、地域の農家さんや職人さんなど、その道のプロを学校に招くことで、教室は一気に社会とつながる本物の場に変わります。学校だけで完結せず、地域全体で子どもたちの可能性を無限大に広げていく。そんな風に、本物に触れるチャンスをどんどん作ってみてはどうでしょうか。先生が面白い大人を連れてきたり、自分自身の強みを見せたりすることが、子どもたちが将来自分の道を選んでいくための、大切な感性の土壌を耕すことになると思います。本物に触れて、好奇心を喚起する。そんな活動を積み重ねることで、子どもたちの人生そのものを変えるきっかけになるかもしれません。そう願って、僕も日々子どもたちと向き合っています。

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